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聖徳太子の死後に、その乳母であった月益姫、日益姫、玉照姫(それぞれ蘇我馬子、小野妹子、物部守屋の娘とされる)の3人が、剃髪して仏門に入り、墓前にお堂を建立して、太子の冥福を祈ったのが寺の始まりと伝えられます。寺の南側の墓地内には、この三尼公の御廟と伝えられる3基の石塔が残されています。本尊は、聖徳太子作と伝える阿弥陀如来と恵心僧都作と伝える十一面観音菩薩像。